間人考

はしがき

既に大化以前から存在し、近く徳川時代までも継続して、我が社会組織上常に重要なる一階級を成しておったのである。

はしがき

この作品には、今日からみれば、不適切と受け取られる可能性のある表現がみられます。その旨をここに記載した上で、そのままの形で作品を公開します。


 我が古代の社会組織の上に「間人」という一階級があった。ハシヒト或いはマヒトと読ませている。この事については、自分がさきに「民族と歴史」を発行した当時、その第一巻第一号(大正八年一月)に、「駆使部(はせつかべ)と土師部(はじべ)」と題して簡単に説き及んでおいたことであったが、その後に阿波の田所市太君は、阿波における徳川時代の間人(まうと)に関する棟附帳の抄録を、同誌五巻三号(大正十年三月)に報告せられ、周防の谷苔六君は、周防における同じ時代の門男(まおと)百姓のことについて、同誌九巻五号(大正十二年五月)に発表せられるところがあった。「門男(まおと)」はすなわち「間人(もうと)」である。この谷君の発表に際して自分は、いずれそのうち間人とハチヤとを関連して、その後の研究を取り纏め、同誌上に発表してみたいとの事を予告しておいたのであったが、たまたま同年九月の震災の影響で、同誌は本誌と合併する事となり、自分の研究もつい心ならずそのままに放任されて、ついに今日に及んだのであった。すなわちここに「間人考」の下に、その予約を果したいと思う。

 間人とは文字の示す如く中間の人の義で、大体において良民と賤民との中間に位するということを示している。この名称は既に大化以前から存在し、近く徳川時代までも継続して、我が社会組織上常に重要なる一階級を成しておったのである。しかるにもかかわらず我が一般国史の研究者はもとより、特に我が社会史を専攻すと称する人々までが、従来思いを茲に致すこと至って少く、往々にしてこれを閑却するの嫌いがある如く見えるのは、大正学界の為に甚だ惜むべき次第である。すなわち煩雑を省みずなるべく多く諸書に散見する史料を網羅し、これに関係する事項を蒐集し、一つは世間の注意を喚起して以て類似の資料の報告を望み、一つは史家の参考に供して以てその研究の進歩を冀(ねが)わんとする。その所述の一部が、既に発表したところと重複する点のあるのは御用捨に預りたい。要は前説を補って、さらにこれを精しくせんとするにある。



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